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仙台高等裁判所 平成5年(ラ)101号 決定

抗告人

有限会社トーホーコーポレーション

代表者代表取締役

三浦和香子

代理人弁護士

鹿野哲義

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙執行抗告状のとおりである。

二一件記録によれば次の事実が認められる。

(1)  株式会社ジューケンハウジング(以下、「ジューケンハウジング」という。)は、平成二年九月二一日、本件債権差押命令物件目録記載の共同住宅(以下、「本件建物」という。)を新築して同年一〇月三日所有権保存登記をなし、同日、株式会社住総(以下、「住総」という。)との間で、住総から借り入れた八〇〇〇万円を被担保債権として、抵当権者住総、債務者ジューケンハウジング、利息年9.9パーセント等とする抵当権(以下、「本件抵当権」という。)設定契約を締結し、その旨の抵当権設定登記をなした。

(2)  ジューケンハウジングは、平成二年一二月ころから平成四年までの間に別紙抗告状賃貸借一覧表入居者欄記載の者らとの間で本件建物各室について賃貸借契約を締結した。

(3)  ジューケンハウジングは、平成五年二月二五日、抗告人との間で本件建物について、ジューケンハウジングを貸し主、抗告人を借り主として、次の内容の賃貸借契約を締結した。

期間 平成五年二月二五日から平成八年二月二四日までの三年間

賃料 一か月金二〇万円

支払方法 三年分を平成五年二月二五日に支払う

敷金 三〇〇万円

抗告人は、上記賃貸借契約締結日にジューケンハウジングに対し、賃料七二〇万円を支払い、敷金三〇〇万円を預託し、そのころ、前記一覧表入居者欄記載の者らに貸し主の変更等を通知するとともに、同人らとの間で改めて賃貸借契約を締結した。

(4)  住総は、仙台地方裁判所に対し、本件抵当権に基づき本件建物に対する競売の申立てをなし、同裁判所は、平成五年四月一四日競売開始決定をなした。また、住総は、同年六月二一日、同裁判所に対し、本件抵当権(物上代位)に基づきジューケンハウジングに対する貸付金を被担保債権及び請求債権とし、抗告人を物件所有者(第三取得者)、前記本件建物の入居者らを第三債務者(ただし、浦野昇は浦野陽子の連帯保証人、千葉敏博についてはその後取り下げられた。)として、抗告人の第三債務者らに対する賃料債権差押の申立てをなし(同裁判所平成五年(ナ)第一三九号事件)、同裁判所は、同年七月一日、抗告人を「目的である権利の権利者」と表示して本件債権差押命令を発した。

三抗告人は、原審が抗告人を本件建物の所有者と誤解したか、抗告人の賃借権を存在しないと判断した旨主張するが、本件債権差押命令が、抗告人の第三債務者らに対する賃料債権を差し押さえるものであることは、抗告人を「目的である権利の権利者」と表示していることから明らかであるから、抗告人の主張は採用しない。

四抗告人は、抗告人の賃借権は短期賃貸借として抵当権者に対抗できるものであるから、抵当権者は、抗告人の賃借権から生ずる法定果実(転貸賃料)を取り上げることはできない旨主張するので検討するに、抵当権の目的不動産が賃貸された場合においては、抵当権者は、民法三七二条、三〇四条の趣旨に従い、賃料債権についても抵当権を行使することができる(最高裁判所平成元年一〇月二七日判決、民集四三巻九号一〇七〇頁参照)ところ、抵当権の目的不動産が賃貸され、さらに転貸されている場合、抵当権者はその転貸料債権に対しても物上代位できるか否かについては、原賃貸借が、抵当権設定後に行われた場合は、同賃貸借が短期賃貸借としての要件を満たすと否とにかかわりなくこれを認めるのが相当である。

なぜなら、抵当権設定後の短期賃貸借が保護されるのは目的物を現実に占有し利用する関係においてのみ認められるべきものであって、目的物を転貸して差益を得る地位まで保護されるべきものではないと解するのが相当であり、抵当権設定後になされた原賃貸借が短期賃貸借の要件を満たさない場合は、転貸料債権への物上代位を認めても原賃借人に不当な不利益を与えるものではないし、同賃貸借が短期賃貸借の要件を満たす場合に転貸料債権への物上代位を認めても、それによって原賃借人が受ける不利益は、目的物を転貸して差益を取得する地位を制限されることのみであり、その地位は本来短期賃貸借によって保護されるものでないことは前記のとおりである。

したがって、原賃貸借(本件ではジューケンハウジングと抗告人との間の賃貸借)が抵当権設定後になされた本件においては、抗告人は、同賃貸借が抵当権者に対抗できる短期賃貸借であることを理由として、物上代位による本件抵当権の行使を排除することはできないから、抗告人の主張は採用しない。

五以上によれば、抗告人の抗告理由はいずれも失当であり、本件記録によっても、ほかに本件債権差押命令を違法とすべき事情は認められない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官荒井純哉)

別紙抗告の趣旨

原決定を取り消し、債権者の申請を却下するとの裁判を求める。

抗告の理由

一 原審は、債権者の有する抵当権に基づき、債権者の債務者に対する債権を被担保債権及び請求債権として、抗告人【目的である権利の権利者、物件所有者(第三取得者)、以下、「抗告人」という。】が各第三債務者に対して有する別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)についての賃料債権を、物上代位により差し押さえたものである。

しかしこれは、事実を誤認し、若しくは法令の解釈を誤まり、違法であるから、取り消しを免れない。

二 本件建物は、平成二年九月二一日新築され、債務者を所有者とする保存登記が同年一〇月三日に経由され、右同日債権者のために抵当権(以下、「本件抵当権」という。)が設定された。

次いで別紙賃貸借一覧表記載のとおり債務者を賃貸人として、同表記載の入居者を賃借人として賃貸借契約が締結された。

三① 平成五年二月二五日、債務者は、別紙賃貸借一覧表記載の賃借権の負担のあるまま、本件建物を抗告人に以下の条件で短期で賃貸した。

賃貸期間 平成五年二月二五日から平成八年二月二四日までの三年間

賃料 一ヶ月 金二〇万円

支払方法 上記賃貸期間三年分を平成五年二月二五日に支払う

敷金 金三〇〇万円

抗告人は、上記同日、上記賃料七二〇万円を債務者に支払い、敷金三〇〇万円を預託した。

② 次いで抗告人は、別紙賃貸借一覧表記載の入居者に対して貸主が変わったことと賃料等の振込口座変更の通知を確定日付ある内容証明郵便で発し、右は同一覧表内容証明送達日欄記載の日にそれぞれ送達され、これにより、民法四六七条一項、二項の対抗力を備えるに至った。

以上の次第で、本件建物については、所有者兼賃貸人は債務者、賃借人兼転貸人は抗告人、転借人は同一覧表記載の入居者となった。

③ その後同一覧表契約更新日欄記載の日に、各転借人(入居者)と抗告人は、賃貸借契約を改めて締結し、現在に至っている。

四 その後、債権者は本件抵当権に基づき競売の申立てをなし、仙台地方裁判所は平成五年四月一四日開始決定をなし、その旨の登記が同月一六日経由された。

そして、さらに後の平成五年六月二一日債権者は、本件抵当権に基づき債務者に対する貸付金を被担保債権及び請求債権とし、抗告人を本件建物の所有者として(真実は、賃借人である。)、所有者の第三債務者に対して有する賃料債権の差押の申立をなし、原審は、抗告人を「目的である権利の権利者、物件所有者(第三取得者)」として、同旨の差押命令を発した。

五 ところで、本件抵当権は、本来は本件建物の交換価値を把握するものであり、利用権は所有者である債務者に委ねられているものであるから、所有者である債務者は、本件建物を第三者に賃貸してその収益を自己のものとすることができるのである。抵当権者がこれを阻止するのは行き過ぎである。

また、抗告人の賃借権は、抵当権の登記に遅れてはいるが、抗告人の賃借権は三年を超えておらず、かつ三②及び③の各行為により、本件建物について引渡しが債務者より抗告人にあったのであり、この引渡が賃借権の登記に代わり得るのであるから、結局抗告人の賃借権はいわゆる短期賃借権として抵当権者である債権者に対抗できるものである。

したがって、仮に抵当権者が抵当権実行後、これに基づいて物上代位によって法定果実である賃料を差し押さえ得るとしても、それは所有者(債務者)の賃借人(抗告人)に対する賃料債権がせいぜいであって、賃借人(抗告人)の転借人に対する賃料債権を差押さえるのは不可能である。

賃借人(抗告人)は、自己の賃借権を抵当権者に対抗し得るのであるから、自己の賃借権より生ずる法定果実(転貸賃料)は自己のものとすることができ、抵当権者はこれを賃借人から取り上げることは出来ない。

六 原審は、以上の事実関係を誤認し又は法令の解釈を誤り、抗告人を本件建物の所有者と誤解し、あるいは抗告人の賃借権を存在せずと判断し、若しくは抵当権者である債権者に対抗できないと判断したか、法令の解釈を誤り抗告人の賃借権が抵当権に対抗し得ても賃借権に基づく法定果実収取権を抵当権者に奪われると判断したものであり、違法であって取り消しを免れない。

賃貸借一覧表

No.

入居室

入居者

第三債務者

入居日

内容証明

送達日

契約

更新日

備考

1

101

鈴木奈津子

鈴木奈津子

H4. 2.15

H5. 3. 9

H5.3末ころ

契約書なし

H5.7末日

賃貸借契約を解除、退去

2

107

梅津真知子

梅津真知子

H3. 3. 1

H5. 3. 8

H5.4初ころ

3

110

小原厚子

小原厚子

H3. 2.27

H5. 3. 4

H5.4初ころ

4

201

佐藤武

佐藤武

H3. 3. 1

送達なし

契約なし

H5.2末日

賃貸借契約を解除、退去

5

202

佐藤良子

佐藤良子

H3. 2.20

H5. 3. 6

H5. 4. 1

H5.8末日

賃貸借契約を解除、退去予定

6

203

加藤友美

加藤友美

H3. 3. 1

H5. 3. 6

H5. 3.31

7

206

千葉小百合

千葉敏博

H3.10. 1

H5. 3. 4

契約なし

H5.3末日

賃貸借契約を解除、退去

8

207

庄司真樹

庄司真樹

H2.12. 1

H5. 3. 5

H5.4初ころ

9

208

浦野陽子

浦野昇

H3. 2.15

H5. 3. 4

H5.4初ころ

浦野昇は陽子の父で

連帯保証人

10

210

江刺美代子

江刺美代子

H2.12.15

配達証明なし

(不送達)

H5. 3.30

H5.8末日

賃貸借契約を解除、退去予定

別紙物件目録〈省略〉

別紙賃貸借一覧表〈省略〉

《参考・原決定》

当事者 担保権 被担保債権 請求債権 } 別紙目録のとおり

一 債権者の申立てにより、上記請求債権の弁済に充てるため、別紙担保権目録記載の抵当権(物上代位)に基づき、所有者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権を差し押さえる。

二 所有者は、前項により差し押さえられた債権について、取立てその他の処分をしてはならない。

三 第三債務者は、第一項により差し押さえられた債権について、所有者に対し弁済をしてはならない。

仙台地方裁判所第四民事部

(裁判官合田悦三)

別紙当事者目録

債権者 株式会社住総

代表者代表取締役 山本弘

支配人 愛甲英臣

債権者代理人弁護士 村上敏郎

債務者 株式会社ジューケンハウジング

代表者代表取締役 山田順二

目的である権利の権利者物件所有者(第三取得者) 有限会社トーホーコーポレーション

代表者代表取締役 三浦和香子

第三債務者 鈴木奈津子

外九名

別紙担保権・被担保債権・請求債権目録

一、担保権

(1) 平成二年一〇月三日設定の抵当権

登記 仙台法務局

平成二年一〇月三日受付 第五三七号

二、被担保債権及び請求債権

(1) 元金 七七、四五六、八一八円

但し、平成元年七月一〇日付の分割貸付契約による貸付金八〇〇〇万円の残元金

(2) 利息 四五四、九七九円

但し、上記(1)の元金に対する平成五年一月六日から平成五年二月六日まで年6.7%の割合による利息金

(3) 損害金 二、四四七、六三五円

上記(1)の元金に対する平成五年二月七日から平成五年四月二六日まで年14.6%の割合による損害金(但し、年三六五日日割計算)

(4) 執行費用 二一、一一八円

[内訳] 申立手数料 三、〇〇〇円

差押命令送達料

一〇、七〇四円

陳述催告費用

四、二二〇円

申立書提出費用 四二二円

不動産登記簿謄本交付費用

九二四円

商業登記簿謄本交付費用

九二四円

資格証明交付費用

九二四円

上記(1)(2)(3)(4)の合計金額

八〇、三八〇、五五〇円

なお、債務者は平成五年二月六日に支払うべき返済金の支払を怠った。よって約定により同日の経過をもって当然に期限の利益を失ったものである。

別紙差押債権目録

金 八〇、三八〇、五五〇円

所有者が別紙物件目録記載の建物について、各第三債務者に対して有する賃料債権のうちこの命令送達時に支払期が到来する分以降頭書金額にみつるまで(但し、各第三債務者については下記内訳記載の各金額にみつるまで)

(内訳)

一 別紙物件目録記載の建物のうち一階一〇一号室について

第三債務者 鈴木奈津子分

金 八、〇三八、〇五五円

二 別紙物件目録記載の建物のうち一階一〇七号室について

第三債務者 梅津真知子分

金 八、〇三八、〇五五円

三 別紙物件目録記載の建物のうち一階一一〇号室について

第三債務者 小原厚子分

金 八、〇三八、〇五五円

四 別紙物件目録記載の建物のうち二階二〇一号室について

第三債務者 佐藤武分

金 八、〇三八、〇五五円

五 別紙物件目録記載の建物のうち二階二〇二号室について

第三債務者 佐藤良子分

金 八、〇三八、〇五五円

六 別紙物件目録記載の建物のうち二階二〇三号室について

第三債務者 加藤友美分

金 八、〇三八、〇五五円

七 別紙物件目録記載の建物のうち二階二〇六号室について

第三債務者 千葉敏博分

金 八、〇三八、〇五五円

八 別紙物件目録記載の建物のうち二階二〇七号室について

第三債務者 庄司真樹分

金 八、〇三八、〇五五円

九 別紙物件目録記載の建物のうち二階二〇八号室について

第三債務者 浦野昇分

金 八、〇三八、〇五五円

一〇 別紙物件目録記載の建物のうち二階二一〇号室について

第三債務者 江刺美代子分

金 八、〇三八、〇五五円

《参考・原裁判所の意見》

本件執行抗告は、理由がないものと考える。

なお、本件差押命令は、抗告人の第三債務者に対する債権を差し押さえるものであり、抗告人を「目的である権利の権利者」(民事執行規則一七〇条一号)として裁判書の当事者目録に表示している以上、仮に執行抗告状記載のとおり抗告人が目的不動産の所有権を取得したことがないとしても差押命令の効力に影響するものではない。

また、抗告人は、抵当権者は抵当権の目的不動産の賃借人(転貸人)が転借人に対して有する転貸料債権に対して物上代位することができないと主張するが、少なくても本件の事実関係が執行抗告状記載のとおりであるとすれば(抵当権設定日が平成二年一〇月三日であり、原賃貸借契約日が平成五年二月二五日。)、物上代位を認めるのが執行実務である(村上正敏「抵当権に基づく賃料差押とその優先関係」判例タイムズ七八七号三二頁等。)。また、この点に関する高等裁判所の裁判例(東京高等裁判所昭和六三年四月二二日決定判例時報一二七七号一二五頁。)によっても、目的不動産に対する不動産競売開始決定後の分の転貸料債権に関する本件の事案においては、物上代位が認められないことになる。抗告人の主張は独自の見解にすぎない。

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